乳がんの診断
乳腺科乳がんは乳房にできる悪性腫瘍です。主に乳管という乳汁の通り道の、上皮細胞から発生します。がんは自分の細胞が突然変異でエラーを起こしてがん細胞が発生することで起きる、細胞の病気です。(乳がんの予防と検診)
そのため、乳がんと診断を確定するためには、病気の部分に針を刺して組織をとり、乳がん細胞がいるかどうか調べること(病理検査)が必要になります。
乳がん細胞も1種類ではありません。乳房の中の様々な細胞から発生しますし、エラーの種類もさまざまなので、乳がん細胞が持っている性質もさまざまです。また乳がんとは進行性の病気なので、診断の段階を調べることも必要です。
そのため、乳がんと診断された後も、画像検査や特殊検査などを追加で行い、患者さん自身の乳がんの状態や性質を詳しく調べたうえで、最適な治療を選択して行うことが一般的です。
それを個別化治療やオーダーメイド治療と言います。
そのため、同じ乳がんと診断されても、人によって治療方法が異なることはよくあります。
ここでは乳がんについて大枠をつかんでいただくために、乳がんの標準的な診断について述べます。実際には個別に異なりますし、今後どんどん進化して変わっていくと思われます。以下は参考として、必ず主治医の説明をよくお聞きになってください。
一般的には、乳がんの治療は進行度分類とタイプ別分類を調べ、それに応じて治療方針を決めていきます。
進行度分類
がんのステージといった言葉を聞いたことはありますか?がんは細胞が増えつづけ、正常な組織も破壊しつつ徐々に広がっていく(転移する)という進行性の病気です。そのため、診断された段階でどの進行段階(ステージ)にあるかということを調べて決定する必要があります。それが進行度分類です。
できた場所のしこりの大きさ(T)、リンパ節転移があるかどうか(N)、肺や骨、肝臓など他の臓器に転移があるかどうか(M)という3つの因子から考えるのでTNM分類とも言われます。
進行度分類を決めるために、追加で検査を行い拡がり診断を行います。
乳がんと診断される前の段階で、マンモグラフィ、乳腺超音波、病理検査(針生検、マンモトーム生検)は行われていることが多いでしょう。乳房MRIで、乳房内の病気の広がりを調べることも多いです。
リンパ節や臓器転移を調べるために、CT、腹部エコー、頚部エコー、PET-CT、骨シンチグラフィなどを適宜行います。
手術や薬物治療は体の負担になることもあるため、心電図、肺活量、肝機能や腎機能検査(主に採血)といった健康診断のようなことも行います。
こうやって決定したTNMの組み合わせからステージを0からIVまでに分類します。
以下に日本乳癌学会編 乳癌取り扱い規約の乳癌TNM分類を示します。
海外でも国際対がん連合(UICC)が定めるTNM分類に準じて分類されており、日本のものと大きな差はありません。世界中のデータがこの分類に基づき集計されており、生存率や再発率をみたり、治療方針を決定したりするのに用いられています。
そういう意味でこのTNM分類は重要なのですが、乳がんの場合、これだけでは治療方針が決められないことがあります。
最初に乳がんは細胞の病気とお話ししました。同じ進行度の乳がんでも、そのがん細胞のタイプにより再発率や生存率が異なることがわかっています。
また、再発予防のためや、残っているがんを治療するために薬剤を使用しますが、がん細胞のタイプにより有効な薬剤が異なることがわかっています。そのため、がん細胞そのものを検査し、細胞のタイプ(サブタイプ)を調べることが大切なのです。
サブタイプ分類
サブタイプ分類は、がん細胞の性質を調べるものなので性質分類とも言われます。がん細胞がもつ蛋白の違いにより、乳がん細胞の性質や薬剤の効果が違うことがわかっています。
現在は以下の3つの蛋白(たんぱく)が、乳がんの性質をよく表しているとわかっています。
・エストロゲン受容体(ER):エストロゲンと結合する蛋白
・プロゲステロン受容体(PR(またはPgR)):プロゲステロンと結合する蛋白
・HER2蛋白(HER2):細胞の増殖や分化にかかわっている蛋白。(ハーツーと読みます)
加えてKi67という性質を調べることもよくあります(がん細胞の増殖にかかわっています。詳細は省きます)。
ERを持つがん細胞は、女性ホルモンであるエストロゲンと結合して栄養にしながら、がん細胞を増やしていきます。このタイプをホルモン陽性乳がんといいます。裏を返すと女性ホルモン分泌を抑えることで乳がん細胞の増加を防ぐことができます。これが乳がんでよくいわれる「ホルモン治療」になります。正確に言うと「抗女性ホルモン治療」ということになります。
PRについてはまだ研究段階のことも多く説明を省きますが、現時点ではほぼエストロゲンと同じような感じと理解してください。
HER2は、がん細胞の表面の膜を貫通しているたんぱくで、これが多いとがん細胞の増加が早いと言われています。このタイプをHER2陽性乳がんといいます。現在は、このHER2蛋白の働きを特殊な薬剤で抑え込むことができます。この薬剤を分子標的薬といいます。分子標的薬とは、がん細胞の一部分をターゲットとして治療することで、出来る限り副作用を抑えつつ、高い効果が期待できるものです。このHER2蛋白をターゲットとした分子標的薬を使うものを「抗HER2療法」と言ったりします。
ER、PR、HER2蛋白のいずれも無いものをトリプルネガティブタイプと言います。乳がんにはさらに様々な特殊なタイプがあると考えられていて、現在わかっているものに当てはまらないものの集合体になります。つまり、今後さらに細かく分類されていくと考えられているグループです。
以上よりサブタイプは大まかに以下の4種類に分類されます。
1.ホルモン陽性HER2陰性乳がん(ルミナールAまたはBタイプ)
2.ホルモン陽性HER2陽性乳がん
3.ホルモン陰性HER2陽性乳がん(HER2陽性タイプ)
4.ホルモン陰性HER2陰性乳がん(トリプルネガティブタイプ)
1のホルモン陽性HER2陰性乳がんが、最も多いと言われるタイプで乳がん全体の約7割を占めます。乳がんの中では比較的おとなしい性質だと言われています。
上の図を見ると、この1に分類される乳がんの中でも、ER/PRが高値から中程度までグラデーションになっているのがわかると思います。ERもPRも高値の場合をルミナールAタイプ、それ以外の例えば、ERが高値でもPRが低い場合などはルミナールBタイプとして分類しています。治療方法を考えるうえで重要になってきます。
少し専門的な話になりますが、現在のERやPRやHER2の検査は、がん細胞の遺伝子から作られた蛋白を測定する免疫染色という方法でおこないます。本当はがん細胞の遺伝子そのものを検査することが一番よいのですが、がん遺伝子検査は、日本では保険適応外のため自費になります。
免疫染色と遺伝子解析の結果は一致することも多いのですが、まれに一致しないことがあり、特にそういう乳がんはホルモン治療があまり効かないことがあることもわかっています。そのため、ホルモン陽性乳がんの中でもグラデーションのように、本当にER,PRが乳がんと関連が深く、ホルモン治療が効くかどうか判断するために、免疫染色の結果や他の様々な状況を加味して、がん遺伝子の検査をお勧めすることがあります。HER2陽性の場合やホルモンが完全に陰性の場合には、基本行いません。
がん遺伝子を検査する方法は、Oncotypeという検査をはじめ、いくつか方法があり研究されています。今後開発が進み、いずれかの検査法が保険適応になる可能性はあります。(追記:2023年9月1日から保険収載されました。)
4のトリプルネガティブタイプも先に述べたように、さまざまな性質の乳がんが含まれています。そのため、現在も、HER2蛋白のようになにか特殊な蛋白を持っていて、別の薬剤が有効な乳がんが分けられないかどうか研究されています。まだ実際に保険診療に導入されてはいませんが、臨床研究や先進医療として行われているところもあります。
また、遺伝性乳がんが疑われる方に、遺伝子検査(これはがん遺伝子とは別です)を行うこともあります。(乳がんの原因と予防の「遺伝性の乳がんについて」もご覧ください)
遺伝性乳癌卵巣癌症候群(HBOC)と呼ばれる遺伝関連の乳がんは、BRCA1/2遺伝子が関連するとわかっています。このBRCA1/2遺伝子が関連した乳がんに、有効と言われている薬剤があります。
遺伝性乳がんかどうかという検査は、一定の条件を満たした方は保険でおこなうことができます。
BRCA遺伝子以外が関係した遺伝性がんの可能性もある場合は、保険外ですが遺伝子パネル検査を勧めることもあります。
この遺伝子検査は血縁で繋がっていくものなので、専門家と相談しよくご理解いただいたうえで、検査を受けるかどうか決めていただくようになります。
このような、さまざまな検査を経て、乳がんの進行度や性質を見極めたうえで、個別に最適な治療方法を選択していくことになります。(乳がんの治療について)